桃組家族のアートブース

by momogumi5255

俺の不思議な体験 その3

野沢の隠された歴史 

作/山本 滉

ここは夢が現実となり何度も見たはずの場所でした。解ったのは、まずこの祠は野沢山正徳寺という名で水車建設の時に、実は七体の人骨が出て大騒ぎとなり、その霊を供養する為に建てられた寺であるという事。そのN氏のご先祖が日蓮宗の高僧に頼み大供養をしたそうです。そのときの高僧の話によれば七体の人骨は相当名のある武士の遺骨に相違なしとの事。安霊を祈り守護たまわらんとし、南無妙法連華経の題目を7万写経し、そのうち3万を水車の棟木に、1万を品川用水に流し、3万を正徳寺に納め施餓鬼供養したとの事実がありました。

  後に昭和45年2月。N氏立ち会いのもとに開箱したところ記録通り写経3万がちゃんと箱に納蔵され、箱のふたには前出の事と明治36年8月と記されてあったとのことです。この記事のところは何故か本を借りた時も飛ばして読んでいて、まったく気が付きませんでした。しかし、たまたま読んだ本と俺の夢とがこんな繋がりになるとはとても驚きでした。この本によれば、当時は沢山の木が茂っており水車が勢い良く動いていたそうです。おそらく俺が見た夢は当時の風景のそのままの景色と水の流れる音に間違いないようです。以上がこの水車小屋の場所と繰り返し見た俺の夢との話だったのですが、もしかしたら俺の前世がそこで倒れた七人の侍の一人なのではないか、などと云う人間もいます。まさかと思いつつも・・・・

 余談になることがもう少しあります。もう終わりたいのですがあと少し聞いて下さい。



 水車橋を後にして次ぎは、大地主Tさんのお宅へ向かいました。何でもこの方が誰よりも当時の事には詳しいらしく、年齢も高橋さんより上でこの当時で90歳近くだったような気がします。2人ともお互いを「こうちゃん、のぶちゃん」と呼び合う姿は、我々の言葉で言えば”まぶ達”とでも云うのでしょうか、当時を懐かしがる顔はまるで子供のようでした。とりとめのない雑談を暫くしてから、高橋さんがいきなりとっぴようしのない事をいきなりTさんに聞きだしたのです。
「ねーこうちゃん、例の昔の野沢の三大事件。2つ迄は皆昔の人は知ってる事だが残るあと一つの事件をこの際だし、もう何十年も経つのだからなんとか教えてはもらえんだろうか?」
高橋さんの顔がこの時ばかりは、真剣な険しい表情になった事を今でも良く覚えています。野沢の三大事件・?何だ・?こちらにはサッパリわからずで、説明してもらいました。
二つの事件と言うのはこういうことでした。一つ目は龍雲寺の土地をめぐっての問題。二つ目は、今の変電所の場所に勝海舟の家が建つはずが何らかの理由で駄目になった事。どちらもそんなに大したこと無いように思いますが、、、そこで、聞きたがる高橋さんに対してTさんは、
「それだけは、口が裂けても云えねえ!
この話は、自分の子供にさえ話してねえの事なのに、まして他人には絶対に云えねえ。
もしこの話が知れ渡ったらこの野沢の町が大変な騒動となり傷つく人も大勢出てくる。代々その子孫達が今もこの町で暮らしているんだから尚更云えねえ!」
と、こういう事だった。しかし人間ますます聞きたくなるのは当然で、側にいた我々も何とか聞き出そうと思い再三頼んでみたもののTさんは一歩も譲る気配は無く、仕方なくそのお宅を後にしました。高橋さんが急に無口になりしょんぼりしたのを全員が感じとっていました。彼は悔しげに
「先に挙げた二つの事は大した事件では無い。これはある程度の人は知っている事で、最後の三つ目の事件を出来れば自分が生きてる間に知りたい。」
そう悔しげに云いました。我々も高橋さんが妙に気の毒になりましたがどうすることも出来ずに三軒目のKさんのお宅へ向かいました。Kさんは前者のTさんのいとこにあたる人です。キップの良さそうな方で江戸っ子の言葉が似合う人でした。そのKさんが昭和の初めに手書きで書かれた、野沢の地図があると言う事で見せて貰いました。これは今旭小学校に寄進されてる絵らしいです。Kさんは我々の思いに感銘され、もう一枚あるので差し上げるといってくださいました。

一通り取材が済むと、高橋さんが又
「最後の三つ目の事件を知らないか?」
と伺ってみましたが、
「ワシも知らない。出来ることならワシも知りたい。」
と答えるKさんです。
「やはり、残りの三つ目の事件と言うのは、唯一Tさんの胸の内だけで、いとこのKさんもおそらくご存知ではないだろうと思いつつもやはり・・・。」
高橋さんは無念そうです。こうなってくると俺等も知りたくてうずうずしてくるのは本音でした。いったいその野沢中が大騒動になってしまうような事件とは・・・?先ほど迄のあの水車橋の恐ろしい事は頭からいつしか離れてしまい、そちらの方ばかり気になりながら時間もかなり過ぎたので、高橋さんに風邪でも引かせては大変。お宅までお送りする事にしました。
その後帰りがてらに、俺たちは
「野沢の町がひっくり返るほど大騒ぎになるって事は、並たいていの事ではないよなー。」
誰に云ったでも無く、独り言のようにつぶやいたら
「もしかしたら、埋蔵金でも埋められてるのかな?何となくそんな気がしないでも無い。」
「そう言えばあの言葉の中に子孫という言葉が出てきて、何となく身分の高い人の血筋の人がまだ住んでいると云う言い方は、確かにしていた。」
そんな事を話した。
しかしあくまでも憶測に過ぎず、解るのはあのT老人1人だけなわけで。。。。

俺は家にたどり着くと、もう1度『下馬史』の本に目を通して見た。

つづく
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by momogumi5255 | 2008-09-09 12:46 | お知らせ